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February 06, 2005

阿呆の居場所がない日本に、確かな明日はあるのだろうか?

大所高所と銭勘定を結びつけるのは「阿呆」なのか?

「週刊!木村剛」の木曜日、ゴーログの2月3日のエントリー。拙稿に言及していただいた上で、「大所高所の議論」と「銭勘定」の間をつなぐには、阿呆になれるエネルギーが必要だろう、とされている。

先日の私の記事で書かせていただいた、「大所高所の議論」と「銭勘定」との乖離は、木村さんが言われるように、本当に必要な議論をまとめるために、とんでもないエネルギーが必要だからこそ、起きるものなのだろうと思う。

国民各自の財布や雇用への影響にもきちんと言及した上で、財政改善をまとめあげて推進していくこと。安易な財政出動などできない中で、誰がどう、この困難な政策を進めていくのか?

普通に考えれば、こうした困難を回避した政策が実施されていくとする方が、「現実的」だ。政策が策定され推進されていく場に、木村さんのいう『阿呆』の居場所がどれだけあるか、どうにも心許なく思える。

『阿呆』の居場所があまりに少ない、「利口な」日本の政策当局に、この局面をどう乗り切ることができるのか、注意しなければいけない気がする。

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February 03, 2005

現状のネットは、消費者の空間なのではないか?

ネットは世間を狭くするのか

「ネットは新聞を殺すのか」の湯川さんが書かれた、1月29日のエントリー。キャス・サンスティーンを念頭に置いておられるようにも思える。彼の著作については、自分でももう1度書かなければと思っていただけに、呼ばれたわけでもないのに、少し書いてみる。

私の結論からいえば、たとえブロードキャストするような新技術が導入されたとしても、ネットでは、受け取る側の選択が強力に作用するので、個人的な狭い付き合いの世界になるのではないかと思う。

そして、ネットを本当の意味(というより、現在の現実社会で通用している意味)での「公共空間」とするには、ネットの参加者が、この情報空間の維持管理に共通の責任を負う制度が必要になるはずだけれど、そうしたものはまだ議論し始められたばかりで、当分は、(参加者全体の規模からみれば)小さな集団に分裂した空間であり続けるのではないかと思う。

湯川さんがあちこちからバッシングされたとしても、それは一時的なアクセスであって、定常的に、湯川さんの「付き合いの範囲」を広げたとまではいえないのではないか?

まず、上記のサンスティーンの議論の趣旨は、『インターネットは民主主義の敵か』の中で、何度も形を変えて述べられているけれど、はしょってしまえば、『消費者と市民は違う立場だ』ということだと思う。つまり、消費者として行動する時の付き合いの範囲と、市民として行動する時の範囲が、大きく異なっているということらしい。

上記の著作のどこでもかまわないけれど、たとえば以下の部分:

消費者と市民とは別であり、異なる両者を一緒にするのは大きな誤りだ。その違いを生み出す理由として、民主的な選択過程がしばしば人々の最善の願望を引き出すことがあげられる。国として何をやるべきかを考えるとき、われわれは-消費者として何を買うべきかと考えるときより-広い、長期的な視野でゴールを考えるものだ。したがってわれわれは、たとえ消費者としては「面白おかしい情報」を求めても、質の高い情報通信市場を築くべく努めるかもしれない。(石川幸憲氏日本語訳P.132)

些か乱暴に要約すれば、消費者としての選択は、自分の好みを容易に追求できるようになれば、狭く特化していくのが自然な流れだろうけれど、市民の立場では、1つの自治体なり国なりを民主的な手続きで維持していく必要があるから、自分の好みを追求するだけでは十分な選択とはならないだろう、ということらしい。

ここから先はサンスティーンではなく、私の勝手な敷衍だけれど、現時点でのネットなりブログの利用は、消費者としての情報享受だと思う。例えば、私達の大多数は、この情報空間の維持・管理の責任を(殆ど或いは全く)負っていないから、ネットなりブログへの参加について、市民としての視点が求められることはないのではないか?

そうだとすると、ネットやブログでは、私達は、「消費者」として、自分の好みを身近に追求していれば良いことになるから、その「付き合い」の範囲は狭くなってもおかしくないはずだ。こうした状況は、ツールという面では、選択の自由を奪うようなツールの使用を、ネット利用者に強制しない限り、変わらないと思う。

ネットなりブログという空間に対して、私達が、「消費者」である以外に「市民」としても参加するかどうかについては、上記のサンスティーンは、(法律家らしく)ネットを現実の社会の延長と見て、現実社会での「市民」としての必要を満たすために、ネットに求められるものは何か、という議論をしているのだと思う。

ネットを現実社会の一延長とみるか、新たな社会空間とみるかという点については、『インターネットの法と慣習』という連載の中で、白田秀彰氏が「部分社会説」「新領域説」という概念を使って書かれているけれど、ネットは様々な技術や規格、標準によって支えられているけれど、現状、独自の法的な基盤はなく、ネット参加者がそれぞれ属する国民国家の法規と国家間協約で代替されている。

例えば、情報空間に破壊的なダメージを与えても、所属する国の法規に反していなければ、その人は(ネット上で非難はされても)処罰されないはずだ。こうした状況下で、ネット参加者に、ネットの管理責任を同程度に問うのには無理がある。つまり、「ネット上での市民」という立場は、現時点では確立されていないのだと思う。

ネット上で「市民」としての行動を求められない限り、私達は自分の好きなものを求めることに終始する。これが、ネットという空間の維持管理にどんな影響を及ぼすか、まだ分からないけれど、少なくとも、新たに便利なツールが導入されることでは解決できないのではないだろうか?

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February 01, 2005

ローマ人の「世襲」回避の選択は間違えていたのだろうか?

[週刊!岡本編集長] 『ローマ人の物語』

「週刊!木村剛」の木曜日、岡本編集長の1月27日のエントリー。塩野七生さんの『ローマ人の物語』の紹介と、ローマ末期の封建化への流れが述べられている。塩野さんは自分でもあれこれ読んでいるので、少し書いてみる。

中世の封建制の桎梏、それはみんなが精神的に誰かに依存して、自立心をなくしていくところから始まった、そのスタート地点が、帝政ローマ末期なのではないかとわたしは思います。
で、なぜそんな話を長々としたのかというと、これを日本に当てはめるとどうなるのかというのが、この先に続くことになるからなんです。それはまた次回以降ということで。
ということなので、岡本編集長の趣旨は、ローマ史そのものにはない様子。

「世襲」「絶対君主制」という辺りがキーワードのようだけれど、現代の日本にどう当てはめるのか、ちょっと分からない。2月3日を楽しみにするしかなさそうだ(うまい続け方だなw)。

ただ、ちょっと気になるのは、ローマの世襲というのは、カエサル以降のことではなかったはず。元老院自体が、世襲の元老院階級によって成り立っていたのだから、共和制ローマ自体、一種の世襲制だったともいえる。

そして、そうした世襲でありながら、(最初期の王政の失敗に懲りて)王のような単独の絶対権力者を作らずに、市民会議と元老院が承認した執政官等の寡頭制を通してきたのが、共和制ローマだったから、岡本編集長が:

世襲の弊害に対するストッパーが政治体制に織り込まれませんでした。というより、古代ではおそらくそんなことは考えもしなかったのでしょう。

とされているのは、ちょっと当たっていないと思う。

ローマ人はローマ人なりに世襲の弊害には気づいていたはずで、執政官は次の執政官を任命できた訳ではないし、皇帝が次の皇帝を指名して世襲に成功するのは、その皇帝が周囲から支持されていた場合だけで、支持を失えば、各地の軍団から推戴された「皇帝」達の間で、一種の革命戦争が起きていた。非効率かもしれないが、それほど「世襲」は回避すべきものと意識されていたように思える。

こうした共和制から帝政にローマが移行した理由は、モムゼンとかトインビーとかが様々に言っているけれど、塩野さんは、(乱暴に要約すれば)ローマ自体が都市国家から世界国家になったからだと分析していたと思う。

古代のような技術基盤の下で、大量の情報を処理して広大な地域を支配するには、皇帝による集権化が必要(或いは好都合)だったということなのかもしれない。

その究極が、コンスタンティヌスによる絶対君主化だったとすれば、「世界国家」の経営手法として、ローマ人達は全く適していない選択をした訳ではないけれど、その行き着いた先では、世界国家という存在とか機構とかがローマの存続を困難にしてしまい、自壊してしまった、という、一種の悲劇だったのかもしれない。

そこには、岡本編集長のいう「世襲」よりは、「社会主義」化による自己統治の機能不全の方が当てはまるような気がする。

さて、この話を、どう今の日本に結びつけるのか、岡本編集長の腕前を拝見させていただくこととしたい。

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